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堀ちえみ

[1] 名前:名無しさん :2019/04/10 (水) 20:23:46 No.2494
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DUNKの84年10月号の、4ページ目です。
84年夏のコンサート「TAKE OFF」からのカットです。
飛び上がるようなエキサイティングなカットは、全身カットで、
顔が小さくなり、スレ画にすると目立たないので、スレの中で載せます。
[75] 名前:名無しさん :2019/10/04 (金) 22:28:03 No.3378
3378.jpg (495KB)
BOMBの82年6月号の、6ページ目です。

(74の続き)
修学旅行は、クラスメートと深夜まで一緒に無駄話や枕投げが出来る夜が楽しいのですが、
1日早く、いとこの子と朝方まで家族全員でワイワイ騒いでいたので、こんなドジ話が生まれました。
巻き添えを食らった親友も可哀想ですが、疲れているのに鳥取までの往復運転をしたお父さんには、
感謝しなければいけませんね。
[76] 名前:名無しさん :2019/10/09 (水) 00:11:18 No.3393
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BOMBの82年6月号の、18ページ目(中学校時代)です。
Aのおさげ姿は、あまり見た事がないので、新鮮です。

石野真子との対談番組「極上空間」の内容です。ちえみは、中学2年(80年)の夏に、
たまたま出かけた大阪のデパート?で、石野真子の握手会がある事を知り、握手してもらった時、
なんて可愛い人だろうと思って、たちまちファンになったそうです。
そして石野真子に会う事を目標にして、スカウトキャラバンで優勝。82年3月にデビューしますが、
既に石野真子は、結婚・引退していました。(81年8月31日)
[77] 名前:名無しさん :2019/10/09 (水) 00:15:56 No.3394
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BOMBの82年6月号の、7ページ目です。

(「極上空間」の続き)
どうしても石野真子に会いたいちえみは、月刊平凡の石野真子担当記者にお願いして、
83年初に、主婦をしている石野真子に会う事が出来、感激しました。
ちなみに、堀ちえみの親衛隊の中心メンバーは、石野真子の親衛隊から移動し、
親衛隊の心得を新入りメンバーに教えたそうです。
[78] 名前:名無しさん :2019/10/09 (水) 00:32:44 No.3395
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BOMBの82年6月号から、19ページ目です。
中2の時に、初恋の相手から「何とも思ってないから」と言われて、ふられた事を告白しています。
人気アイドルになる人たちは、容姿もそれなりに良かったので、初恋の相手とは自然解消のパターンが
多いですが、ふられるというのは珍しいです。それでもすぐに立ち直り、
友達のチョーチン持ちをするあたり、浪速のど根性娘って感じです。
キョンキョンと同じく、ちえみも中学時代が一番楽しく充実していた事が分かります。
スカウトキャラバンに誘った友達ではなく、誘われたちえみが合格するのは、よくあるパターンです。
[79] 名前:名無しさん :2019/10/09 (水) 00:35:26 No.3396
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BOMBの82年4月号の、1ページ目です。
この頃は、大好きな真子ちゃんカットで受けたスカウトキャラバンの時の髪型のままです。
この後すぐに、後ろ髪を伸ばしながらブローして、他の花の82年組と同様、
聖子ちゃんカットにして行きました。

(78の続き)
書いてある内容から、「ママはアイドル」の後藤久美子がオーディションを受ける回を、
思い出しました。ちえみやキョンキョン等の花の82年組の世代は、松田聖子ではなく、
榊原郁恵や石野真子が、憧れのアイドルだった世代です。
[80] 名前:名無しさん :2019/10/12 (土) 23:53:45 No.3410
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BOMBの82年6月号の、20ページ目です。
21ページ目とともに、旅行の写真を集めたページです。
Bでは、小学校5年の時から、真っ黒に焼けている事が分かります。
Cは、次ページに書いてありますが、36で遅刻したと書いてある修学旅行の時です。
Dは、京都の丸山公園へ遠足に行った時。お弁当をほおばる姿を撮ったちえみらしい写真です。
[81] 名前:名無しさん :2019/10/12 (土) 23:55:18 No.3411
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BOMBの82年4月号の、2ページ目です。
原色の黄色の服が似合う、15歳になったばかりのちえみです。
でもこの頃から、安産タイプの大きなヒップなのが分かります。
[82] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 00:02:02 No.3412
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BOMBの82年6月号の、21ページ目です。

(78、79の続き)
石野真子の親衛隊と言えば、応援の凄さで有名でした。スター誕生の最終回(83年9月)の時も、
芸能界に復帰したばかりの石野真子の応援の声が、既にトップアイドルに駆け上っている
キョンキョン・明菜の応援の声より大きかったです。
ちえみは石野真子ファンになってから、髪型も石野真子のように肩までの
ストレートヘアにしていた、と言っていました。B〜Dの写真からも、その事が分かります。
キョンキョンもちえみと同じ頃、石野真子のファンになったので、
スター誕生テレビ予選の時は、同じストレートヘアでした。
[83] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 00:04:10 No.3413
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BOMBの82年4月号の、3ページ目の上です。
81の黄色の服を前から撮ると、ツナギなのが分かります。
ちえみが着ると、ツナギでも原色の鮮やかな黄色によって、可愛く着こなしています。
色々なタイプの服や帽子等を、可愛く着こなす事が出来る才能によって、
アイドルとしては、ごくフツーのタイプの顔が、可愛く見える事が、
ちえみのアイドルとしての魅力だと思います。
[84] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 00:06:09 No.3414
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BOMBの82年6月号の、22ページ目です。
小・中学校の時のクラスメート達へのインタビューが載っています。
「いつもチョコチョコ歩き回ってたなあ」。キョンキョンも同じくチョコチョコ歩き回ってたので、
近所のおばさんが「キョンキョン」と言うニックネームを付けました。
キョンキョンと仲良くなったのは、性格で似ている部分もあったからでしょう。
[85] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 00:09:02 No.3415
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BOMBの82年4月号の、3ページ目の下です。

(84の続き)
でも、愛称が「ボーリー」じゃアイドルっぽくないし、「ちーちゃん」では古臭い感じがします。
「チェミィ」は、同じ事務所の2年先輩の甲斐智枝美が先に使っていたので、
結局、名前「智栄美」をひらがなにした芸名「ちえみ」が、そのまま愛称になりました。
[86] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 00:23:23 No.3416
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BOMBの82年6月号の、23ページ目です。(クラスメート達へのインタビューの続き)
当時の録音は、ラジカセが主流だったので、見つかりやすかったです。
今はスマホで録画も出来るので、コンサートのチェックの時は、どうしているのでしょう?
先生の証言から、石野真子のファンになるまでは、榊原郁恵のファンだった事が分かります。
パリンコの3人は、伊代ちゃんがドラマで榊原郁恵と共演、キョンキョンが榊原郁恵と同じ出身地、
ちえみが榊原郁恵のファンでスカウトキャラバンの後輩と、みんな榊原郁恵と関係がありました。
[87] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 00:26:26 No.3417
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BOMBの83年6月号の、1ページ目です。
キョンキョンがショートカットにした後、ちえみも夏に向かってショートカットにしました。

(86の続き)
「スポーツは何をやらせても得意でしたね。」と言うちえみが、
ドジでノロマな亀の役を演るのは皮肉な話ですが、「おっちょこちょいなところがあって、
何かやる時に見当はずれな事をしても、その結果が憎めないんですよね。」という部分では、
ちえみでなければ出来ない役だったと思います。
[88] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 00:28:26 No.3418
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BOMBの82年6月号の、24ページ目です。
スカウトキャラバンは、スター誕生と違って、予選会の時は観客がいない事が分かります。
決戦大会で、初めて大観衆の前で歌うのだから、あがるのが当たり前。
「もし優勝せんかったら、漫才師になるか。」と紳助が聞いて、
「ハイ」と答えたのが受けたのでしょう。
明るい性格のちえみらしいエピソードです。同じ関西出身なので、
後に、紳助の過去をバラすとちえみが脅すほど、仲が良くなったと思います。
[89] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 00:30:28 No.3419
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BOMBの82年6月号の、25ページ目です。
上京してから2ヶ月半で、ファンの集いを開くほど、早くアイドルのしてのスタートが出来ました。
スター誕生の合格からデビューまで、1年かかったキョンキョンとは好対照です。
地元の中学で、良く歌っていたからだと思います。
今もファンクラブ(親衛隊かな?)が残っているのは、デビュー前に何度もファンの集いを行い、
熱心なファンが出来たからでしょう。
[90] 名前:名無しさん :2019/10/16 (水) 23:45:19 No.3447
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BOMBの83年6月号の、2〜3ページ目です。
ショートカットの妖精、ボーイッシュな妖精と書いてあります。
花の82年組6人(伊代・キョンキョン・ちえみ・秀美・優・明菜)は、
みんな聖子ちゃんカットでデビューしました。
その内、キョンキョンに習ってショートカットにしたのは、ちえみ・伊代・優です。
パリンコの3人がショートカットにしたのは分かりますが、優も仲間に入りたかったのかな。
秀美と明菜は、逆に髪を伸ばして行きました。本格的アーティストを目指していた二人と、
アイドルとしての進化を目指していた上記4人の違いなのかなと、思います。
[91] 名前:名無しさん :2019/10/16 (水) 23:48:45 No.3448
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BOMBの82年6月号の、26ページ目です。
豊島園で行われたデビュー日のファンの集いの模様が載っています。
野外ステージなので、中止になるかも知れないと思いながらも、集まったファンの人達。
その熱心さに答えて、野内ステージに場所を移して行ったコンサート(ファンの集い)。
ちえみとファンの人達との絆が、ますます深くなった出来事だと思います。
[92] 名前:名無しさん :2019/10/16 (水) 23:51:40 No.3449
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BOMBの82年6月号の、26ページ目です。
全国キャンペーンの様子が載っています。
キョンキョンが、「デビューが同じちえみちゃんと三田寛子ちゃんとは、
3人一緒に全国キャンペーンに回りました。」と言っていますが、それは、
ここに載っている大都市ではなく、もっと小さな地方都市のイベントや、ラジオ局回りなのでしょう。
スタッフの意見では、「どこか少年っぽい魅力のある子で、元気な妹みたい。」と言う
作詞・作曲の松宮恭子は、デビュー当時のちえみの魅力を言い当てていると思います。
「変に奇をてらった作品じゃなく、背伸びのない素直なメロディーの曲にしたんです。」
と言うキャニオンレコード宣伝部の人の言葉から、
アイドルの王道を歩ませようとする意図が感じられます。
[93] 名前:名無しさん :2019/10/16 (水) 23:54:27 No.3450
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↑92の訂正:26ページ目→27ページ目

BOMBの83年6月号の、4ページ目です。
プロフィールに書いてある、新宿コマの「ちえみちゃん祭り」は、
70年代の「百恵ちゃん祭り」を継承したコンサートでした。
山口百恵の引退コンサートのラストで、ステージに置いたマイ・マイクも、堀ちえみが継承しました。
デビューして少し経ってからと言っていたので、この頃かも知れません。
[94] 名前:名無しさん :2019/10/16 (水) 23:57:12 No.3451
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BOMBの82年6月号に戻って、28ページ目です。
ちえみのドジ・イタズラ体験を、イラストで紹介しています。
何で車の中ではなく、満員電車なのか?
きっと車だと渋滞に巻き込まれるので、忙しいちえみは、満員電車の中で食事していたのでしょう。
[95] 名前:名無しさん :2019/10/26 (土) 00:03:21 No.3466
3466.jpg (487KB)
BOMBの82年6月号の、29ページ目です。
ドアと間違えられたスタッフの人は、めちゃんこ体格が良かったのでしょう。
スタッフがいたずらの対象にされるのは、忙しいアイドルのストレス解消の手段なので、
売れている証拠だと思って、我慢していたと思います。
ねむり魔ちえみの、車・階段・トイレと、何処でも寝られる特技がエスカレートし、
「スチュワーデス物語」では、本番中に背中から映っている時、立ったまま寝ていたそうです。
[96] 名前:名無しさん :2019/10/26 (土) 00:06:36 No.3467
3467.jpg (493KB)
BOMBの83年12月号の、1ページ目です。
「スチュワーデス物語」が放送されて、話題が沸騰し始めた頃です。
[97] 名前:名無しさん :2019/10/26 (土) 00:17:15 No.3468
3468.jpg (489KB)
BOMBの82年6月号の、30ページ目です。めちゃんこQ&A(その1)です。
「ちえみは歌ってなくても歌ってるような女の子だから、さらに歌え」岩本先生の名言ですね。
2005年頃、久しぶりのライブを行うので、練習を兼ねて子供の前で歌っていました。
ミニ・ライブと称しならら、90分も歌いまくるちえみママに付き合っていたのは、
当時5歳ぐらいの末娘のみ。上の男の子4人は、付き合いきれず、呆れていたそうです。
これだけコケていても、大ケガしなかったのが、不思議です。よほど強運の持ち主なのでしょう。
小6の時の、「うるさいから立ってろ」→「廊下にたってろ」→「下駄箱で立ってろ」
→「職員室で立ってろ」。それでもめげずに、喋るちえみのガッツ?は、さすがです。
[98] 名前:名無しさん :2019/10/26 (土) 00:19:00 No.3469
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BOMBの82年6月号の、4〜5ページ目です。
今度生まれ変わるとしたら、絶対に女の子。キョンキョンは、男の子と言っていたので正反対です。
何度も出演している徹子の部屋の、黒柳徹子も女の子と言っていました。
その徹子の部屋に、3回目の結婚をする直前に出演した時は、
それまでの2回の結婚相手とは違い、両親も大賛成してくれたと言っていました。
「好きな人につくしたい」タイプのちえみなので、子供も成長してきた今度こそ、
旦那さんにつくしているのでしょう。
[99] 名前:名無しさん :2019/10/26 (土) 00:28:30 No.3470
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BOMBの82年6月号の、31ページ目です。めちゃんこQ&A(その2)です。
「ズバリ当てましょう」懐かしいです。調べたら、ちえみのデビュー当時の82年3月27日が、
最終回でした。最後あたりの回に出て、欲しいステレオが当たるとは、やがり強運の持ち主です。
ビデオは、この頃から急激に安くなっていったので、多分買ったでしょうが、上手く予約録画
出来たのかな。ママドルになってから、家電製品に弱く、番組表予約が出来ないと言っていました。
「私の場合、好きな人が出来ると、そのまま結婚まで考えちゃう。」
3度結婚したちえみだから、間違いないでしょう。
「20歳すぎたら考えてみます。」20歳の時に一度引退してから、じっくり考えたのでしょう。
二度離婚しても、再々婚したちえみは、76・77で書いた「極上空間」で、
同じく二度離婚した石野真子に、再々婚を勧めていました。
[100] 名前:名無しさん :2019/10/31 (木) 00:09:29 No.3485
3485.jpg (491KB)
BOMBの82年6月号の、8ページ目です。
ミニスカートを履いているカットです。キョンキョンと、サリーちゃん足仲間として、
お互いになぐさめあっていると言っていた頃でしょうか。
モモから足首まで太さが変わらないのが、サリーちゃん足ですが、
さすがに足首は細くなっています。モモからふくらはぎまで太さがあまり変わらないのが、
自称サリーちゃん足と言っている所以でしょう。

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