岩崎良美

[1] 名前:名無しさん :2019/04/11 (木) 19:37:50 No.2504
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2006年5月10日発売のアイドルデビュー伝説(1980〜82年編)から、
近代映画の80年3月号の、表2グラビアです。
表2グラビアとは、近代映画の表紙の裏で、当時注目の新人アイドルを紹介するページでした。
ちなみに、下の文字の左が歪んでいるのは、私のスキャンが悪いのではありません。
「アイドルデビュー伝説」というムック本を近代映画社が作る時に、
雑誌「近代映画」をバラさずにスキャンしたためであり、原稿自体の問題です。
[24] 名前:名無しさん :2020/01/16 (木) 02:57:40 No.3815
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週刊明星の80年6月1日号には、5ページのグラビアが載っています。
これは1ページ目で、遊園地で遊ぶアクティブなヨシリンです。
[25] 名前:名無しさん :2020/02/07 (金) 03:34:17 No.3922
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プレイボーイの80年5月13日号の、インタビューの1ページ目です。
デビュー曲「赤と黒」、3曲目「あなた色のマノン」と、なかにし礼作詞の、
女の色気を感じさせる曲を、新人なのに歌ったのが、姉と比較される要因となりました。
爽やかさをアピールした、2曲目「涼風」、4曲目「I THINK SO」ラインの曲を、
デビュー曲から連発していれば、親友である松田聖子の良きライバルとなれたはずです。
[26] 名前:名無しさん :2020/03/04 (水) 03:17:19 No.4026
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週刊明星の80年6月1日号の、グラビアの2ページ目の上です。
「タータン・チェックに凝っているのだ。」と書いてありますが、見た事はありません。
ステージ衣装では、あったような気もするけど。
この頃は、ハマトラの凝っていると、言っていました。
[27] 名前:名無しさん :2020/03/24 (火) 03:36:31 No.4126
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プレイボーイの80年5月13日号の、インタビューの2ページ目です。
「郁恵チャンに負けない(胸の)発育ぶりだ。」
ヨシリンは、事務所との契約で水着姿の撮影はNGだったので、歌っている時の衣装越しにしか
分かりませんが、隠れボイン(当時は、こんな言葉はありませんでしたが)に見えました。
バスト85cmと表記した記事を見た記憶がありますが、今手元にある雑誌は、
バスト83cmばかりなので、記憶違いかも知れません。ボイン同士の郁恵ちゃんとは、
ここに書いてある「スターダッシュNo.1」での共演がきっかけで、仲良くなりました。
二人で、ダイエットに励んでいたそうです。
[28] 名前:名無しさん :2020/04/12 (日) 01:43:08 No.4222
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週刊明星の80年6月1日号の、グラビアの2ページ目の下です。
健康的な足を見せているカットです。27で、「私、足には自信ないんだから」と言っていますが、
十分に魅力的だと思います。そういえばステージ衣装では、ロングスカートが多かった感じです。
やはり、気にしていたのでしょう。
犬のガンバロンとミルミルの事は、ヨシリンのデビュー前から、ヒロリンが言っていたので、
覚えている人も多いでしょう。
[29] 名前:名無しさん :2020/05/04 (月) 02:48:11 No.4353
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週刊明星の80年6月1日号の、グラビアの3ページ目です。
珍しくメガネをかけている、ヨシリンのカットです。
[30] 名前:名無しさん :2020/05/23 (土) 03:17:30 No.4464
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プレイボーイの80年5月13日号の、インタビューの3ページ目です。
9年がらい前にNHK−BSで放送された、80年代アイドルが6人ほど集まって歌う番組を
見直していました。デビュー当時から大人っぽいイメージがあったね。と司会の大友康平が
ヨシリンに聞き、「姉と比較されていたからでしょう。」と答えていました。
13でも書いたように、ヒロリンも、自分と比較されるのは辛いだろうと思ったそうです。
そんな事を考えながら、初レコーディングに付き添ったのかも知れません。
ヒロリンは男の子っぽい性格で、ヨシリンは女の子っぽい性格と、よく言われていますが、
それだけではなく、爽やかで、礼儀正しい性格から、ヨシリンの人柄が伝わります。
[31] 名前:名無しさん :2020/06/11 (木) 04:26:11 No.4576
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週刊明星の80年6月1日号の、グラビアの4ページ目です。
このページだけ、モノローグが載っています。
仕事が忙しく、若いから体は大丈夫でも、精神的に疲れるので、電話魔になる。と言っています。
同期で同い年の松田聖子や香取洋子と仲が良かったですが、二人とも新人で忙しかったので、
藤谷美和子と仲良くなったのでしょう。この頃の藤谷美和子は、歌をまだ歌っていなかったので、
人気が高く、月刊明星等の人気投票で上位に入っている事は、後から知りました。
[32] 名前:名無しさん :2020/07/06 (月) 04:04:45 No.4677
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週刊明星の80年6月1日号の、グラビアの5ページ目です。
メルヘンチックな背景が、目がクリッとして可愛い良美と似合います。
80年の歌手デビューの際、岩崎宏美の妹だという事をアピールするため、
本名のままデビューする事になりました。ヨシリンは、芸名を付けて欲しかったそうです。
元気キャラと歌唱力で売っていたヒロリンとは違い、可愛いヨシリンの顔はアイドルにピッタリです。
もしアイドルらしい芸名を付けて、アイドルらしいキャッチーな曲でデビューしていたら、
同期で親友の松田聖子の、良きライバルになっていたかも知れません。
[33] 名前:名無しさん :2020/11/27 (金) 23:58:12 No.4773
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月刊平凡の80年2月の、記事です。
この頃は毎月、歌手デビューする新人特集のコーナーがありました。
歌手としては、初めて月刊平凡に載っている記事ですが、その前に女優として活躍してたので、
その頃の記事も、見つけたら載せます。
[34] 名前:名無しさん :2020/12/15 (火) 02:14:39 No.4898
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月刊明星の80年2月号の新人特集のコーナーでは、2ページにわたって紹介されています。
東京国際音楽祭と言えば、海外のシンガーが出演したり、
日本人では、しばたはつみ等の実力派歌手が出演する音楽祭でした。
その音楽祭に、いきなり新人のヨシリンが出演するのだから、
並みの新人とは桁外れの歌唱力が、既に認められていた事が判ります。

体重4000gもあジャンボサイズの赤ちゃんだったヨシリンは、デビュー時に、
姉のヒロリンより体重がある事を告白します。(夜のヒットスタジオで、言っていました。)
ヒロリンよりボインなので、その分だけ重いのかな?(冗談です。)
[35] 名前:名無しさん :2020/12/28 (月) 04:17:29 No.4999
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月刊明星の80年2月号の、2ページ目です。
幼少の頃の岩崎3姉妹が写る時は、良くこの写真が使われるけど、このヨシリンを始め、
3姉妹がみんなお祭り好きだったからなんですね。
歌手になる気はなくても、小学1年の時から、先生に付いてレッスンを受けていたのは、
幼少の頃から、ヒロリンと一緒に歌うのが楽しかったからでしょう。

スポーツが得意なのも、ヒロリンと同じです。ヨシリンの場合は、テニスが特に得意で、
同じくテニス部だった榊原郁恵と、対戦しています。テニスをきっかけに仲良くなった
榊原郁恵とは、共通の目標であるダイエットを、一緒に始めました。親友の松田聖子とも、
テニス対決していますが、いつもヒロリンの圧勝で、聖子が悔しがっていました。
[36] 名前:ヨシリンのファン :2021/01/10 (日) 18:22:33 No.5101
アップロードしていただけて、ありがとうございます!しかし実は領土紛争には興味がございませんので
[37] 名前:名無しさん :2021/01/13 (水) 00:42:55 No.5125
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月刊平凡の80年3月号の、1ページ目です。
初めてのレコーディングの様子が載っています。
ヨシリンがレコード制作に関して、しっかりと意見を述べ、意志の強い一面がある事は、
有名でしたが、デビュー当時から、自分自身でダメ出しを出す、
几帳面で完全主義者だった事が、分かります。
[38] 名前:名無しさん :2021/01/28 (木) 02:58:05 No.5244
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月刊平凡の80年3月号の、2ページ目です。
体重を4kgぐらい減量と書いてあります。
34に載せた月刊明星の80年2月号には、身長158cm、体重49kg、B85・W59・H86
と書いてあるので、そこから4kgぐらい減量したのかな?
でも、アイドルの体重49kgは、本当は50kg以上あっても、本当の体重を公表すると
ファンが逃げる心配があるので、お約束の49kg表記が多かったですが。
[39] 名前:名無しさん :2021/02/12 (金) 04:46:25 No.5366
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月刊平凡の80年3月号の、「これがスターのバッグだ」のコーナーからです。
付き人を付けず、大きなバッグを自分で抱えて楽屋入りしていたキョンキョンは、
大成しましたが、ヨシリンはどうだったのでしょう。
大きなバッグを自分で抱えて移動すれば、ダイエット効果には役立っていたでしょう。
[40] 名前:名無しさん :2021/02/27 (土) 03:17:55 No.5488
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月刊明星の80年3月号の、1ページ目です。
ヨシリン流シェイプアップ法が、2ページに渡って載っています。
食事ダイエットは、高校1年の時から2回試みたけど、リバウンドするので、
シェイプアップ(体操)に切り替えました。

ヨシリンは、右上の写真を見れば分かるように、バストも大きいし、脚も長いのに、
それでも痩せたがるんですねぇ。親友の聖子が細いからでしょうか。
でも食事ダイエットより、シェイプアップの方が体にいいので、続けたのでしょう。
[41] 名前:名無しさん :2021/03/14 (日) 01:41:57 No.5625
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月刊明星の80年3月号の、2ページ目です。
「風と共に去りぬ」のスカーレットは、子供を産むと、ウエストが49cmに戻らないと、
言われながら、メイドにギュウギュウ締め付けられていました。
キュッとくびれたウエストが、女の子の憧れでも、ウエストを49cmまで締め付けたら、
苦しくって、ヨシリンの得意な歌唱力が損なわれてしまうでしょう。

ぶら下がり式細腕育成体操は、太い木の枝を選ばないと、体重で折れてしまいそうです。
やっぱり、デビュー当時のヨシリンは、ちょっと太めで、
ここに載っているシェイプアップを続けて、中肉中背の体型になったのでしょう。
[42] 名前:名無しさん :2021/03/28 (日) 21:24:53 No.5743
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月刊平凡の80年4月号の、1ページ目です。
成城学園の小・中学校時代の親友2人を呼んで、楽しいひな祭りをしています。
[43] 名前:名無しさん :2021/04/13 (火) 01:56:16 No.5858
5858.jpg (492KB)
月刊平凡の80年4月号の、2ページ目です。
成城学園の小・中学校時代の親友2人とは、すごい喧嘩をしてから仲良しになったそうです。
大人しそうな印象があるヨシリンにも、意外な面があったんですね。
[44] 名前:名無しさん :2021/04/29 (木) 04:17:23 No.5980
5980.jpg (214KB)
月刊平凡の80年4月号から、ヤングスターの受験テクニックのコーナーです。
ヨシリンの場合は、姉のヒロリンと同様、成城学園の初等学校→中学校→高等学校と、
エスカレーター式に進学し、堀越学園に転校したので、受験の苦労とは縁遠かったと思います。
それでも、「勉強は毎日の積み重ね」と言って、不得意科目のレポートを作るあたり、
真面目なヨシリンらしいです。
[45] 名前:名無しさん :2021/05/13 (木) 10:59:18 No.6110
6110.jpg (485KB)
月刊明星の80年4月号の、1ページ目です。
この頃は、私もコーヒーミルで豆を挽いて、ドリップで入れていました。
お気に入りは、トアルコ・トラジャでした。
友達の、コーヒーサイフォンを、羨ましく思っていました。
今じゃ、牛乳の半額で売っている、ペットボトルで済ませています。

如何にも太りそうな、甘いものが大好きなヨシリンですが、ダイエットを頑張っていたので、
アイドルとして成立する体型を維持出来ました。水着になる事が無かったので、
アイドルの中でも、意外にスタイルがいい事は、あまり知られていません。
顔の肌が綺麗なのは、刺激物が嫌いだからでしょう。
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