伊藤麻衣子

[1] 名前:名無しさん :2019/04/12 (金) 19:13:49 No.2512
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BOMBの83年9月号の、1ページ目です。
ラブリーな赤の水着姿を、スレ画に選びました。
[2] 名前:名無しさん :2019/04/18 (木) 21:41:24 No.2546
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BOMBの83年5月号の、14ページ目です。
合格は無理だと先生から言われた金城学園に、見事合格した麻衣子は、
中学・高校の6年間、毎日往復2時間かけて金城学園に通っていました。
中学1年で、バスと地下鉄を乗り継いで一人で通学するだけでも、勇気がいると思いますが、
その上チカンに会っていたので、キョーフの連続だった事でしょう。
(これだけ可愛ければ、チカンに会うのも、相当な回数だったと思います。)
[3] 名前:名無しさん :2019/04/18 (木) 21:42:17 No.2547
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BOMBの83年5月号の、15ページ目です。
いつも活発でハキハキしている麻衣子は、中3の時に生徒会長に立候補して、
カルーク当選しました。麻衣子の生徒会長は、如何にも似合いそうです。
初恋も中3の時。「高校聖夫婦」とは逆に、麻衣子の方が一目惚れでした。
[4] 名前:名無しさん :2019/04/18 (木) 21:43:40 No.2548
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BOMBの83年5月号の、16ページ目です。
調理実習でのケーキ作りも、麻衣子の独壇場。
デビュー前の学生時代は、意外に目立たないアイドルも結構いる中、
麻衣子ほど、デビュー前の学生時代がら目立っていたアイドルは、珍しいです。
[5] 名前:名無しさん :2019/04/18 (木) 21:45:03 No.2549
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BOMBの83年5月号の、17ページ目です。
レコードデビューする前から、BOMBの素人コーナーの出たり、
地元名古屋ローカルのドラマに出たり、素人時代から人気者でした。
これだけ可愛かったら、当然ですね。
しかし顔に似合わず男っぽい性格の麻衣子は、18歳になると同時に自動車の免許を取ります。
仕事が忙しくて、免許を取る時間がないアイドルが多い中、
高校卒業の時にデビューと、当時としては遅いデビューが幸いしました。
[6] 名前:名無しさん :2019/04/18 (木) 21:48:17 No.2550
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BOMBの83年5月号の、18ページ目です。
高校卒業直前にレコードデビューする地方出身のアイドルは、キャンペーンの間を縫って
卒業式に出席するため地元へトンボ帰りするので、大変です。
この文章を読みながら、良く分かりました。
松田聖子のように、東京の高校に引っ越して、卒業後にデビューする方が、本当は楽なのでしょうが、
最後まで、地元の高校のクラスメート達と一緒にいたかった麻衣子の気持ちが伝わってきます。
デビュー曲「微熱カナ」のサンプル盤(B面はカラオケ)は、全国の中学・高校に、
「卒業式で歌ってほしい」と言う理由でタダで配られたそうですが、優等生アイドルらしい
プロモーションだっただけでなく、卒業式を大事にする麻衣子の気持ちも込められているのでしょう。
[7] 名前:名無しさん :2019/04/27 (土) 23:40:35 No.2601
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BOMBの83年5月号の、19ページ目です。
卒業記念文集に載っている「ひょうきん者でよく笑うし、すぐむきになるし。」
「麻衣子は自分の将来をしっかり見つめているのネ。いつもきちんとしてる子。」
「顔はかわいいけど、中味はしっかりしているのです。なのにさみしがり屋で。」
「麻衣子の愛情表現は、その人をいじめる事。」
まるでドラマ「高校聖夫婦」の典子そっくりです。
もしかしたら、ドラマのスタッフが、伊藤麻衣子を主演にするにあたって、
この卒業記念文集を参考にしたのかも知れないと、思えるほどです。
[8] 名前:名無しさん :2019/04/27 (土) 23:41:55 No.2602
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BOMBの83年5月号の、20ページ目です。
初レコーディングの様子が、2ページに渡って載っています。
名古屋なので、週末に新幹線で東京へ行き来して歌のレッスンをしていました。
デビューまで半年もないのに、週2時間のレッスンでは、素人っぽさが出るのは当然でしょう。
しかし、歌より女優業がメインになっていく麻衣子にとっては、
女優っぽい歌い方になるので、これで良かったと思います。
[9] 名前:名無しさん :2019/04/27 (土) 23:45:46 No.2603
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BOMBの83年5月号の、21ページ目です。
「83年CBSソニー・自信度・No.1」とは、凄いキャッチフレーズです。
譜面を見た時に「手が震えた」と言っていますが、このキャッチフレーズを聞いて、
「責任感を感じた」と言っているあたり、しっかり者の麻衣子らしいです。
CBSソニーの名物プロデューサー・酒井政利がコメントを寄せていますが、
その隣の、事務所関係のディレクターの方が、麻衣子の魅力を的確に表現しています。
[10] 名前:名無しさん :2019/04/27 (土) 23:47:33 No.2604
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BOMBの83年5月号の、22ページ目です。
「高校聖夫婦」の撮影現場ルポが、4ページに渡って載っています。
私がリアルタイムで見た、数少ないドラマの一本です。
第一回で、初めて典子(通称テンコ)役の伊藤麻衣子がアップで写った時は、
なんて可愛いんだろうと思いました。
後になって思うと、グラビアや歌う時には出せない可愛らしさで、
やはり女優が天職なんだろうと思います。
このページでは、同い年でも俳優としてのキャリアを積んでいる鶴見辰吾が、
キスシーンでこわばった表情をしている麻衣子をリードしています。
[11] 名前:名無しさん :2019/04/27 (土) 23:49:51 No.2605
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BOMBの83年5月号の、23ページ目です。
ドラマの中では、テンコ役の伊藤麻衣子の方が、俊役の鶴見辰吾より大きな態度をとっていますが、
撮影現場では、俳優としてのキャリアがある鶴見辰吾が、新人の伊藤麻衣子をリードしています。
「これは本物の握力35キロの麻衣子から辰吾へのビンタでした。」
ドラマの中では、こんな感じです。
春日千春プロデューサーは、「麻衣子なら百恵とは違った魅力でお茶の間に受け入れられる。」
とベタ褒めです。
70年代の大映ドラマのブームは、山口百恵が娘役を演じた「顔で笑って」で始まり、
80年代は、伊藤麻衣子主演の「高校聖夫婦」で始まった事を思えば、当たっています。
[12] 名前:名無しさん :2019/05/07 (火) 23:17:39 No.2662
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BOMBの83年5月号の、24ページ目です。
「高校聖夫婦」ロケ初日は、雪で中止になり、本読みに変更になりました。
「不良少女とよばれて」のロケ初日は、強風が吹き荒れ、ホコリまみれになったそうです。
麻衣子の連ドラのロケ初日は、2度とも悪天候に見舞われました。
新人の麻衣子には、本読みの時、厳しいアドバイスがとんでいました。
「セリフを言うとき、眉間にシワが寄る」事に気をつけるよう、アドバイスされています。
このドラマやアイドル歌手としての活動で、眉間にシワが寄る癖が治ったと思ったら、
逆に「不良少女とよばれて」では、眉間にシワが寄る演技が要求され、再びその癖が戻り、
解消するのに半年もかかったそうです。
[13] 名前:名無しさん :2019/05/07 (火) 23:19:43 No.2663
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BOMBの83年5月号の、25ページ目です。
「鶴見クンってステキね。お兄さんって感じかな。」(麻衣子)
「ボクはまだ免許持ってないから、兄キだなんてとんでもない。」(辰吾)
伊藤麻衣子と鶴見辰吾は同い年であり、18歳になってすぐに免許を取った麻衣子に対して、
こんなやりとりをしています。
監督は、小悪魔的な魅力を麻衣子に感じ、一人前の女優に育てるため、
「仕事においては、どんどんいじめようと思っている。」と述べています。
人気アイドルは、ドラマに出演しても、忙しすぎて演技指導をキチンと受けられない場合が
多いですが、歌手デビューとほぼ同時に、主演ドラマデビューした麻衣子は、
女優への道を歩む事が出来ました。
[14] 名前:名無しさん :2019/05/07 (火) 23:24:46 No.2664
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BOMBの83年5月号の、26ページ目です。
直筆ポエムが載っています。
薔薇やカーネーションよりも、その周りに散りばめられているかすみ草が好きと言う麻衣子。
「純粋で嘘のない生き方をしているようなかすみ草が大好きです。」
それは、デビューして間もない麻衣子が、芸能界で活躍する時の指針にしていたと思います。
[15] 名前:名無しさん :2019/05/07 (火) 23:25:41 No.2665
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BOMBの83年5月号の、27ページ目です。
[16] 名前:名無しさん :2019/05/07 (火) 23:27:48 No.2666
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BOMBの83年5月号の、28ページ目です。
アイドル恒例のマイルーム紹介が載っています。
「ちゃんと自分で洗濯するのです。キッチン自体はあまり使わないけれど。」
忙しいアイドルにとって、炊事する時間はなかなか取れないでしょうが、
洗濯機と乾燥機があれば、洗濯は楽ですからね。(さすがに、この頃は一体型は無かったと思う。)
「家賃は11万円なのです。」
初任給が10万円を下回る新人アイドルも多い中、この家賃を払えるので、
新人アイドルとしては、恵まれた給料をもらっていたのでしょう。
(当時のアイドルは、給料の話は、絶対に他のアイドルに言わないよう、口止めされていました。)
[17] 名前:名無しさん :2019/05/16 (木) 23:16:50 No.2717
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2000年4月25日発売の20世紀アイドルスター大全集〜80年代編から、
「近代映画」に載っていたカット集と思われる、1ページ、6カットの内、
プロフィール付きのメインカットです。
様々な個性が出揃った82年組のアイドル歌手達の煽りを食って、
不作だった83年組。唯一の人気アイドルとして活躍した存在です。
歌手よりも女優業をメインにした事が、成功の秘訣だと思います。
[18] 名前:名無しさん :2019/05/16 (木) 23:38:46 No.2718
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85年10月1日発売の「アイドル40年」(近代映画社)から、
ドラマ「高校聖夫婦」の台本を持っているカットです。
このドラマが、私がリアルタイムで見た、数少ないドラマの一本である事は、
前にも書きましたが、大映テレビにとっても、重要なドラマです。
70年代に一世を風靡した「赤いシリーズ」も、山口百恵が去ってからは、ジリ貧状態でした。
「赤いシリーズ」終了の2年後に始まった「高校聖夫婦」が、
その後の「少女シリーズ」を生む起爆剤になりました。
(竹内和義著「大映テレビの研究」より)
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