菊池桃子

[1] 名前:名無しさん :2019/04/12 (金) 19:20:07 No.2513
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2003年11月16日発売の「アイドル映画30年史」から、カラーグラビアです。
アイドル映画の主演者代表として選ばれた7人(他は、秋吉久美子・木之内みどり・
薬師丸ひろ子・原田知世・斎藤由貴・南野陽子)に選ばれています。
演技にも歌にも過剰なまでの無意識ぶりが、「クラスのあこがれの少女」的イメージに転化され、
理想的なアイドル像として凝縮されているという記事に、賛成です。
[2] 名前:名無しさん :2019/04/17 (水) 22:51:21 No.2545
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DUNKの85年11月号から、ラジオ番組紹介コーナーです。
「自分のことを、モモコっていわないようにしたい。」宣言が、
「モモコは、アタシっていえないみたい。」と、あっさりギブアップ。
特徴的な声とともに、自分の事を「モモコ」と言うクセがセットになって、
後に森口博子等が、桃子の真似をするようになったと思います。
[3] 名前:名無しさん :2019/04/22 (月) 21:58:08 No.2576
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DUNKの86年1月号の、3つ折りピンナップです。
デビュー3年目の晴れ着姿ですが、良く似合います。
この当時、桃子は秀美に似ていると、勝手に思っていたのですが、
晴れ着が似合うという点でも、似ていると思います。
[4] 名前:名無しさん :2019/04/27 (土) 23:54:18 No.2606
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シュガーの84年11月号から、ファーストアルバムに関する記事の1ページ目です。
長く人気を保つトップアイドルは、デビュー時の歌唱力は千差万別でも、
デビュー時と比べて、徐々に歌唱力がアップして行くのが王道でした。
しかし桃子の特徴のある声は、歌唱力とは無関係に魅力的であると、この文章は言っています。
事実、桃子はデビュー以降、同じ歌唱法を貫いていました。
85年以降、ナンノやのりピーのように、歌唱力アップとは無縁のトップアイドルが
増えて行きますが、桃子は、その先駆者でしょう。
デビュー前に、稲垣潤一の「夏のクラクション」を歌の練習曲として、歌っていた桃子。
ディレクターは、最初から桃子の歌手としての魅力は、
その特徴のある声が全てだという事を見抜いていたのかも知れません。
[5] 名前:名無しさん :2019/05/03 (金) 23:12:08 No.2643
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シュガーの84年11月号から、ファーストアルバムに関する記事の2ページ目です。
「桃子は女優としての表現力を持っている事に気づく。」
レコードデビューした81年当時の薬師丸ひろ子と同じと、言いたいのでしょう。
その後、歌が上手くなるのと反比例するように、レコードセールスが落ちていった薬師丸ひろ子と、
デビュー当時の歌唱法を貫き、85年からオリコン1位を取り続けた桃子。
おニャン子クラブ全盛の85年後半〜87年前半にかけて、オリコン1位を取り続けていたのは、
桃子と明菜だけです。女優業がメインの薬師丸ひろ子にとっては、
レコードセールスはあまり関係無かったかも知れませんが。
現在は、大学の客員講師も務めている桃子ですが、メインの仕事は女優業と答えています。
理由は、芸能界に入って一番初めにした仕事だから。また、講師は女優の役柄としても出来るからと、
言っていました。(昨年12月に、NHKのごごナマに出演した時です。)
[6] 名前:名無しさん :2019/05/08 (水) 23:25:55 No.2672
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BOMBの86年2月号の、1ページ目です。
少しふっくらしていた顔が、幾分痩せてきて、可愛らしさと美しさが両立してきた頃です。

(5の続き)
「大きな声で伸び伸びと「青春」なんて歌っちゃ絶対いけないんだ。
 青春がそんなものであっていいはずがない。」
桃子の囁くような歌唱法が、現実の青春にハマったという事でしょう。
[7] 名前:名無しさん :2019/05/16 (木) 23:44:01 No.2719
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スーパー写真塾の85年11月号から、素人が撮った写真です。

国会中継で2度延期され、昨年12月にようやく放送された、
NHKの「ごごナマ」で言っていたエピソードです。
・アイドル時代は、学業優先のため、PM5:00まで高校にいて、
 課外活動や運動会にまで出ていたそうです。この頃は土曜日も授業があったので、
 地方公演や、単発のドラマ・映画の撮影は、長期休みの時だけ行っていたのでしょう。
まだあるので、その内思い出しながら書きます。
[8] 名前:名無しさん :2019/05/24 (金) 00:00:02 No.2760
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BOMBの86年2月号の、2〜3ページ目です。
可愛らしさと美しさが両立してきた、この頃の顔と、あの囁くような声で話すと、癒されます。
90年代に、飯島直子のCMから「癒し系」と言う言葉が一般化しましたが、
80年代に、その言葉があったら、桃子こそ元祖癒し系だった事でしょう。

「ごごナマ」のエピソード
・元祖癒し系とも言える話し方をする桃子ですが、子どもが反抗期の頃は、
 早口で怒鳴っていたそうです。スタジオでも怒鳴って見せましたが、周りからは「可愛い」の声。
 最近では子どもも成長し、手がかからなくなったため、家庭菜園に凝っているそうです。
 女優業・客員教授・母親と一人3役をこなしていた桃子ですが、最も時間を割いていた母親業が
 楽になってきたためか、顔がデビュー当時のようにふっくらしてきました。
[9] 名前:名無しさん :2019/05/26 (日) 23:03:17 No.2772
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スーパー写真塾の85年11月号から、素人が撮った写真です。
多分、武道館コンサートを隠し取りしたのでしょう。
(コンサートは、カメラ持ち込み禁止。)
[10] 名前:名無しさん :2019/05/31 (金) 00:40:23 No.2790
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BOMBの86年2月号の、4ページ目です。
香港のアイドル誌の人気投票でも、1位になった桃子。
この頃香港では、日本のアイドル誌の写真や文章をコピーした雑誌が大流行していた事が、
DUNKの86年3月号の、ユッコの記事に載っていました。
[11] 名前:名無しさん :2019/06/08 (土) 00:22:27 No.2825
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オリコン・ウィークリーの85年2月15日号から、素人が撮った写真です。
[12] 名前:名無しさん :2019/06/11 (火) 22:50:07 No.2843
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DUNKの86年2月号から、85年2月の武道館ライブを収めたビデオの紹介です。
当時のアイドルのライブビデオで、1時間半を超えるビデオはほとんど無いので、
画期的な収録時間でした。

これで、しゃんばらの最後のスレ(何度も落ちた)に貼った画像は終わりです。
次回からは、ハリコの初めの頃に貼った画像のレタッチ版を貼って行く予定です。
[13] 名前:名無しさん :2019/06/20 (木) 21:49:52 No.2888
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BOMBの84年12月号の、巻頭巻頭ピンナップ表です。
(裏は、巻頭大特集が載っている荻野目洋子)
[14] 名前:名無しさん :2019/07/02 (火) 23:54:34 No.2937
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BOMBの84年12月号の、1ページ目です。
カワユサ120%の笑顔です。
[15] 名前:名無しさん :2019/07/15 (月) 00:00:37 No.3000
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BOMBの84年12月号の、2ページ目の右です。
「歌番組でたくさん歌っていきます。」
確かに、3rdシングル「雪にかいたLOVE LETTER 」から、テレビで良く見るようになりました。
[16] 名前:名無しさん :2019/07/28 (日) 01:34:06 No.3061
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BOMBの84年12月号の、2ページ目の左〜3ページ目です。
小泉今日子や中森明菜のホンネ路線に飽きたアイドルファンが、
聖子的ブリッコ路線に戻って菊池桃子に人気が集中したという、アイドル史的な文章を、
良く見かけますが、このカワユい笑顔を見れば、聖子との差は一目瞭然です。
顔の可愛らしさでは、80年代アイドルの中でNo.1だと思います。
[17] 名前:名無しさん :2019/08/13 (火) 22:30:40 No.3128
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BOMBの84年12月号の、4ページ目です。
1stアルバム「OCEAN SIDE」が大ヒット。
シングルよりアルバムが売れるアイドルは、歌唱力抜群というアイドルの常識を、
菊池桃子が、初めて覆しました。
[18] 名前:名無しさん :2019/08/30 (金) 00:06:24 No.3209
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DUNKの84年12月号から、ピンナップです。
3rdシングル「雪にかいたLOVE LETTER 」をイメージした衣装とビジュアルで、決めています。
[19] 名前:名無しさん :2019/09/15 (日) 22:57:56 No.3284
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DUNKの84年12月号から、3rdシングル「雪にかいたLOVE LETTER 」の歌詞です。
DUNKでは、創刊時(84年6月)から1年半ぐらい、歌詞が載っているページは、
このようにカラーブラビアでした。おニャン子クラブが台頭し始めてから、
白黒の記事ページの扱いに変わってしまいました。
アイドル=アイドル歌手から、歌手の部分のウェートが少なくなってきたためでしょう。
[20] 名前:名無しさん :2019/09/30 (月) 21:18:31 No.3360
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DUNKの84年12月号から、ミニミニ情報です。
「雪にかいたLOVE LETTER 」のラストの、「メリークリスマス」。
印象に残る歌い方(話し方?)なのは、こういう裏話があったからでした。
[21] 名前:名無しさん :2019/10/15 (火) 00:43:10 No.3445
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DUNKの85年1月号から、2ndシングル「SUMMER EYES」と、
3rdシングル「雪にかいたLOVE LETTER 」の歌詞です。
[22] 名前:名無しさん :2019/11/10 (日) 01:30:09 No.3532
3532.jpg (490KB)
DUNKの85年1月号から、2つ折りのピンナップです。

菊池桃子さん。再婚おめでとうございます。
再婚相手は、桃子が歌手デビューした84年から官僚として働き始め、
アイドル時代の桃子を知らなかったそうです。
荻野目ちゃんの旦那さんもそうですが、アイドル時代の活躍を知らない相手の方が、
結婚生活は、上手く行くみたいです。
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