酒井法子

[1] 名前:名無しさん :2019/04/12 (金) 20:00:23 No.2515
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2000年4月25日発売の、20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、
1ページ目の右上です。プロフィール付きです。
可愛いアイドルの代表のような顔、元気で明るいキャラクター、メジャーコードでポップな曲等、
70〜80年代の正統派アイドルの本流の最後を飾るスーパーアイドルでした。
[2] 名前:名無しさん :2019/04/14 (日) 02:39:03 No.2522
これがのりピー?
全然おもかげないなあ
[3] 名前:名無しさん :2019/04/19 (金) 20:06:57 No.2557
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、1ページ目の左中央です。
野球かソフトボールをしている姿でしょう。
中学の時にはソフトボール部に所属し、3年の時には、福岡の県大会で準優勝した経験があります。
ポジションはライト。
中学の時にソフトボールでセカンドを守っていたキョンキョンと、どっちが上手いでしょうか。
ちなみに夜ヒットの最終回(後夜祭)では、のりピーとキョンキョンは席が隣同士だったので、
楽しそうに話しながら、放送されるVTRを見ていました。
デビューも年齢も5つ上のキョンキョンと、フランクに話し合えるのは、
トップアイドルとしてのキャラクターが似ているからかも知れません。
[4] 名前:名無しさん :2019/04/25 (木) 01:00:06 No.2588
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、1ページ目の左上です。

85年10月のミスヘアコロン・イメージガールコンテストに出場。
グランプリは、同じ事務所の先輩に当たる水谷麻里でしたが、
急遽用意した「BOMB賞」が与えられます。
2006年頃、TOKIOの番組に出演した時、「BOMB賞」の景品を見せられ、
それが何の景品だったか答えられなかった事からも、急遽用意した賞である事が、分かります。
[5] 名前:名無しさん :2019/04/29 (月) 22:31:31 No.2618
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、1ページ目の左下です。

本命のグランプリより、準優勝みたいな方が売れる場合って、結構あります。
82年の角川映画大型新人募集では、優勝が渡辺典子で、準優勝が原田知世でした。
84年の第1回東宝シンデレラオーディションでは、優勝が沢口康靖子で、斉藤由貴は最終選考まで。
探せば他にも色々あるでしょう。
[6] 名前:名無しさん :2019/05/05 (日) 23:08:50 No.2655
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、1ページ目の右中央です。

グランプリの水谷麻里がレコードデビューして活躍している間、
酒井法子はドラマにレギュラー出演し、モモコクラブの会員にもなります。
そして所属レコード会社ビクターの親会社の宣伝を兼ねて、レコードデビュー前に、
VHDソフト「YUPPIE」を発売。単なるイメージビデオではなく、
SFホラーのストーリー仕立てという画期的な内容でした。
レコードデビュー前に、これだけ様々なプロモーション展開をしたアイドルは、
酒井法子が最初で最後ではないかと思います。
[7] 名前:名無しさん :2019/05/12 (日) 01:19:15 No.2691
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、1ページ目の右下です。
これは、88年7月、富士山の8合目に、「日本一標高の高いタレントショップ」として
「のりピーちゃんハウス」を開店し、PRするため、自ら登った時の記念写真かな?
[8] 名前:名無しさん :2019/05/18 (土) 22:16:12 No.2731
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、1ページ目の下中央です。
デビュー前のニックネームは「のりっぺ」でしたが、田舎臭い響きがあるためか、
事務所が「のりピー」と付けました。でも、のりピー語の中身自体は、
酒井法子が地元の中学にいた頃から、周りで流行っていたそうです。
[9] 名前:名無しさん :2019/05/26 (日) 22:57:40 No.2771
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投稿写真の88年9月号から、素人が撮った写真の1ページ目です。
「のりピー音頭」を、テレビで最初に見た時は、思わず仰け反りそうになりました。
「同期でデビューしたアイドル達が、みんな大人ぽい歌に変わって行く中で、
 私だけ「のりピー音頭」か?」
と、疑問に思いながら歌っていたそうです。
[10] 名前:名無しさん :2019/06/03 (月) 23:52:35 No.2807
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の左上です。

85年12月に福岡から上京し、社長宅に入ったのりピー。
岡田有希子が86年4月4日に社長宅からマンションへ引っ越すまで、一緒に暮らしていました。
マンションへ引っ越す際、会社の屋台骨を背負う存在なのだから頑張るように
社長に言われた岡田有希子は、1年後にデビューするのりピーを指差し、
私の代わりなら、ちゃんといるじゃないと言って、4日後にこの世を去ります。
トップアイドルとして大活躍していた岡田有希子だからこそ、
のりピーもトップアイドルになる事を確信していたのでしょう。
[11] 名前:名無しさん :2019/06/14 (金) 23:52:13 No.2863
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の右の上から2番目です。
ソフトボールは得意でも、テニスは苦手なのか、ポーズが決まっていません。

レコードデビュー前に、様々なプロモーション展開をし、万全の体制でデビューしたのりピー。
87年2月にデビュー曲「男のコになりたい」でいきなりベストテン入りすると、
90年11月リリースの「イヴの卵」まで、4年間に渡り、16曲連続でベストテンに入ります。
その間、1曲も1位になった曲が無いのに、デビューから16曲連続ベストテン入りは、
オリコン史上初めての快挙でした。如何にのりピーが安定した人気を続けていたか、分かります。
(デビュー曲からで無ければ、柏原芳恵の18曲連続ベストテン入りが、1位無しでは最高。)
[12] 名前:名無しさん :2019/06/25 (火) 00:02:33 No.2906
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の左上です。
このカットでは、サンミュージックの本流って感じのバストですね。
松田聖子・早見優よりは大きく、桜田淳子と同じぐらいかな?
最近入手したBOMBの特集号には、B78cmと書いてあって、
「胸だって、そんなに大きくならなくたっていーんだ。」と言っていました。
[13] 名前:名無しさん :2019/07/06 (土) 01:40:47 No.2954
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投稿写真の88年9月号から、素人が撮った写真の、2ページ目(その1)です。

のりピーの曲では、87年11月25日リリースの4thシングル「夢冒険」から好きになりました。
アイドルファンだけではなく、一般の人にも愛される名曲で、
翌年春の選抜高校野球の入場行進曲にもなりました。
80年代に最もヒットしたのりピーの曲は、88年5月18日リリースの6thシングル
「1億のスマイル」ですが、その前の同年2月24日リリースの5thシングル「GUANBARE」が、
その基礎を築いたと思います。「GUANBARE」は、80年代にはアイドル以外でも珍しい、
自分への応援ソングであり、のりピーの曲の中では一番好きです。
「1億のスマイル」は、その結果をハッピーエンドで描いています。
[14] 名前:名無しさん :2019/07/22 (月) 00:29:13 No.3030
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投稿写真の88年9月号から、素人が撮った写真の、2ページ目(その2)です。

自分への応援ソングと言えば、88年1月27日にリリースされた、
浅香唯の9thシングル「Believe Again」もそうでした。
その次のシングルが、浅香唯の代表曲となった「C-Girl」(88年4月20日リリース)。
自分への応援ソングをリリースした時期、80年代の代表曲をリリースした時期とも、
のりピーと共通していました。91年に、「愛は勝つ」「どんなときも」「それが大事」と、
自分への応援ソングが、いずれもミリオンセラーの大ヒットになりますが、
その先駆けとなる曲を、のりピーや浅香唯という正統派アイドルの本流が歌っていた事実。
上手く活かせば、もっと売れていたかも知れませんが、3ヶ月ローテでは難しかったのでしょう。
[15] 名前:名無しさん :2019/08/05 (月) 00:27:56 No.3092
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投稿写真の88年9月号から、素人が撮った写真の、2ページ目(その3)です。

91年からベストテン入りするヒットが出なくなり、
トップアイドルからの転身を余儀なくされたのりピー。
93年には、月9の中でも傑作と言われる「ひとつ屋根の下」の大役のオファーを受けますが、
のりピーのキャラクターとは違い、実際の酒井法子は、繊細で心配性の性格だったので、
このオファーに尻込みしてしまいます。しかしマネージャーから、「台本だけでも読んでみたら」
と言われ、ドラマの素晴らしさに感激の涙を流した法子。一大決心をしてこの役に取り組みました。
[16] 名前:名無しさん :2019/08/21 (水) 23:27:46 No.3166
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の左下です。

「ひとつ屋根の下」は、フジテレビ史上最高視聴率をマークする大ヒットとなり、
酒井法子も、アイドル歌手から女優への道を切り開く事に成功しました。
そして95年、初の連ドラ主演作「星の金貨」も、続編が出来るほどの大ヒットとなり、
女優として確固たる地位を築きました。「星の金貨」では、主題歌「蒼いうさぎ」も歌い、
ミリオンセラーとなる大ヒットを記録します。80年代アイドルで、ミリオンセラーを記録したのは、
松田聖子・近藤真彦・小泉今日子・中山美穂、そして酒井法子の5人しかいません。
「蒼いうさぎ」で、デビュー9年目にして紅白歌合戦に初出場。
デビューして3〜4年経っても紅白に出場出来るような大ヒットを出せなければ、
その後の紅白出場は無いのが常識のアイドル界で、その常識を覆す快挙となりました。
[17] 名前:名無しさん :2019/09/08 (日) 00:50:00 No.3247
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の右の下から2番目です。

西城秀樹が80年代前半から、アジア進出したのが引き金になって、
日本の80年代トップアイドル達が、香港・台湾を中心に、アジアでも人気を得て行きます。
その中で最も活躍したのが、酒井法子です。90年から、台湾を中心に、
香港・中国に積極的に進出し、台湾では日本での人気を上回る人気を得たそうです。
自らの持ち歌を中国語でカバーし、台湾では、連続ドラマの主演もこなしていました。
中山美穂主演の95年の映画「LOVE LETTER」が、韓国で大ヒットする等、
日本では、アイドル冬の時代の90年代に、アジアでは日本のアイドルが大活躍していました。
[18] 名前:名無しさん :2019/09/26 (木) 00:10:03 No.3333
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20世紀アイドルスター大全集〜80年代編の、2ページ目の右下です。

人気女優に転身し、アジアでも絶大な人気を獲得した酒井法子ですが、
2009年、夫(当時)と共に、覚せい剤取締法違反で逮捕されます。
CSで見ていた「星の金貨」の再放送も、途中で打ち切られました。
2012年に芸能界に復帰しますが、アジアでは活躍出来ても、日本では細々としか見かけません。
田舎の町の夏祭りに、無名の演歌歌手達と一緒に出演しているポスターを見て、悲哀を感じました。
研ナオコが、大麻を押収された1977年は、起訴猶予処分だったため、半年で復帰し、
何事もなかったかのように、活躍を続けたのに比べると、雲泥の差です。
覚せい剤と大麻の差か、時代の差か、事務所の損害額の差か? 多分いずれも当てはまるのでしょう。
最近「星の金貨」「続・星の金貨」を見直しましたが、酒井法子の健気で純真そうに見える表情と、
この事件とのギャップが大きかったと思います。興味本位での報道が過熱し、
放送倫理・番組向上機構が警告を行ったほど騒がれたので、復帰後の展開が難しいのでしょう。
[19] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 01:02:16 No.3420
3420.jpg (112KB)
しゃんばらの最後のスレ(何度も落ちた)に貼った画像は、すべて貼ったので、
ここからは、新規画像を貼って行きます。

これは、DUNKの87年1月号から、プレゼントコーナーです。
レコードデビュー前から、プレゼントコーナーに載るのは、
6で書いたように、様々なプロモーション展開をしていたからでしょう。
[20] 名前:名無しさん :2019/11/03 (日) 23:55:23 No.3508
3508.jpg (496KB)
DUNKの86年12月号です。
レコードデビュー前から、のりピー語を使っている事が分かります。
福岡に住んでいた素人の頃から使っていたそうです。でも、愛称はまだ福岡時代の「のりっぺ」で、
のりピーに変わるのは、レコードデビュー後です。
このデビュー・ビデオディスク(VHD)の「YUPPIE」は、後のテレビ番組で紹介されていました。
エイリアンを倒した後、「エイリアン・ハンターP」と書いてある名刺を、助けた人に渡して
敬礼する姿が、可愛く、微笑ましかったです。寝室を紹介するコーナーでは、事務所の先輩の
聖子からもらった小物を紹介したり、自分の足の指を写したりしていました。
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