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石川秀美2

[1] 名前:名無しさん :2019/09/15 (日) 00:18:08 No.3275
3275.jpg (490KB)
前スレ http://g2.gakinko.net/bbs/80nen35/res2495.html81 の続きです。

これは、DUNKの84年8月号の、5ページ目です。
11枚目のシングル「熱風」の歌詞が載っているページです。
この曲は、アレンジのギターリフがカッコよく、このギターリフは、
90年代に、ZARDを始めとするビーイング系のアーティストが踏襲していると思います。
この曲を初めて聞いた時は、いよいよ秀美時代到来か、と思ったものですが、
カッコいいギターリフのアレンジは、80年代では時代が早すぎたのか、大ヒットするまでには、
至りませんでいた。でも、「夏のフォトグラフ」から始めた16ビートの曲が、
確実にステップアップしているのは確かです。

秀美をやや後ろの方から撮ったカットでは、魅力的な太ももだけではなく、
それを支える筋肉質の大きなヒップも楽しめます。中学時代にバスケットボールで鍛えた下半身は、
激しいステップで歌い踊る事によって、より充実してきているのでしょう。
大好きな曲と、秀美の太もも・ヒップが強調されたカットが載っているので、スレ画にしました。
[29] 名前:名無しさん :2019/10/10 (木) 01:23:06 No.3398
3398.jpg (489KB)
BOMBの84年4月号の、2〜3ページ目です。
2月に北海道へ行ったら、そりゃ寒いですよ。
私も2月に札幌の雪まつりに行った事がありますが、30分ぐらい見物しながら歩いていたら、
寒さに耐えられなくなり、地下街へ逃げました。
今の秀美は苦手な寒さがない常夏のハワイで暮らしていて、幸せそうですね。
[30] 名前:名無しさん :2019/10/10 (木) 01:24:42 No.3399
3399.jpg (229KB)
BOMBの84年4月号の、2ページ目の右下です。
可愛い笑顔が満開の秀美スマイルなので、拡大版作りました。
[31] 名前:名無しさん :2019/10/10 (木) 01:26:18 No.3400
3400.jpg (492KB)
BOMBの84年5月号の、1ページ目です。
記念すべき10枚目のシングル「夏のフォトグラフ」は、
初めはカラーの透明盤レコードにする予定があったそうです。
秀美のアイデアである「自分の手がけた小物をレコードにつける」は、
10万枚以上売れるレコードに全部付けるのは無理なので、限定3000名のプレゼント制にし、
小物がミニ・レコードになったという経緯なのでしょう。
秀美のメッセージ付きは、ミニ・レコードの中に取り入れました。
[32] 名前:名無しさん :2019/10/10 (木) 01:28:00 No.3401
3401.jpg (389KB)
BOMBの84年5月号の、2ページ目です。
学校の進級について聞かれ、アブナイと言っています。
秀美が、明大付属中野高校定時制2年から3年へ進級する時です。
1年から2年へ進級する時は、まだ仕事がぎっしり詰まっていなかったのでしょうが、
5thシングル「Hey!ミスター・ポリスマン」の大ヒット以降、
仕事が忙しさを増していったからでしょう。
ウィキには、無事卒業出来た事が書いてありました。
[33] 名前:名無しさん :2019/10/10 (木) 01:29:24 No.3402
3402.jpg (464KB)
BOMBの84年4月号の、4ページ目です。
可愛い秀美スマイルの中に、徐々に大人に成長しつつある表情が感じられます。
[34] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 23:31:54 No.3422
3422.jpg (485KB)
MOMOCOの84年5月号から、アイドルスクランブルのコーナーです。
スポーツで鍛えた秀美なら、寒い旭川から福岡まで、全国飛び回っても、バテ知らずなのでしょう。
秀美と同じ17歳で仲良しの優。
そのマネージャーが、バテて寝込んでいる間に、親友同志のヒミツの話をしていたようです。
現場マネージャーは、忙しいアイドル(下のスケジュールを見ても、オフは無し)に
付きっきりなので、バテるのは当然です。十代の若さには勝てません。
[35] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 23:33:34 No.3423
3423.jpg (494KB)
BOMBの84年6月号の、1ページ目です。
デビューして3度目の夏を先取りするグラビアが、4ページに渡って3枚載っています。

(34の続き)
同じ82年4月21日デビューの二人は、一緒にキャンペーンで回るうち、仲良くなったのでしょう。
デビュー当時、人見知りしていた秀美にとって、ハワイ育ちで開放的な性格の優には、
何でも相談出来たのだと思います。
[36] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 23:34:33 No.3424
3424.jpg (478KB)
BOMBの84年6月号の、2〜3ページ目です。
遂に秀美は、綺麗な太ももを見せるのを卒業したのかな?とおもいましたが、
次の4ページ目にありました。
[37] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 23:35:43 No.3425
3425.jpg (469KB)
BOMBの84年6月号の、4ページ目です。
文章に書いてある、記念すべき10枚目のシングル「夏のフォトグラフ」の
発売記念プレゼントは、色々企画を考え、これに決まったようです。
5月号にインタビューに書いていました。
[38] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 23:40:36 No.3426
3426.jpg (466KB)
BOMBの84年6月号から、10thシングル「夏のフォトグラフ」の広告です。
9thシングル「めざめ」で、ミディアムテンポの曲を挟んだ後、
このシングルから、秀美サウンドとも呼べる疾走感溢れる曲が続き、
秀美独自の世界を確立していったと思います。
[39] 名前:名無しさん :2019/10/13 (日) 23:48:39 No.3427
3427.jpg (492KB)
BOMBの84年5月号の、1ページ目です。
記念すべき10枚目のシングル「夏のフォトグラフ」は、
初めはカラーの透明盤レコードにする予定があったそうです。
秀美のアイデアである「自分の手がけた小物をレコードにつける」は、
10万枚以上売れるレコードに全部付けるのは無理なので、限定3000名のプレゼント制にし、
小物がミニ・レコードになったという経緯なのでしょう。
秀美のメッセージ付きは、ミニ・レコードの中に取り入れました。
[40] 名前:名無しさん :2019/10/14 (月) 00:01:22 No.3428
3428.jpg (495KB)
DUNKの84年6月号(創刊号)から、10枚目のシングル「夏のフォトグラフ」の歌詞です。
アイドルのページはカラーが多かった事や、歌が載っているページがあった事等、
BOMBよりDUNKの方が良い点が沢山ありました。
もちろん、巻頭大特集の充実ぶりは、BOMBには敵いません。

(BOMBの84年5月号の2ページ目は、何故だか重複投稿と間違われ、アップできません。
 ファイル名を変えても、画像の大きさを変えても、ダメでした。)
[41] 名前:名無しさん :2019/10/14 (月) 00:03:24 No.3429
3429.jpg (485KB)
DUNKの84年6月号(創刊号)の、2ページ目です。
レコーディングデータとして、RVCのディレクターの話が載っています。
8ビート中心を、「夏のフォトグラフ」から16ビートに変えたそうです。
この曲から、より疾走感が増したのは、16ビートにしたからなのでしょう。
ベスト3入りを狙いたいと書いていますが、ベスト3に入ったのは、
この曲の次の次(12曲目)の「ミステリー・ウーマン」だった記憶があります。
(ザ・トップテンだったと思う。)
[42] 名前:名無しさん :2019/10/14 (月) 00:08:10 No.3430
3430.jpg (489KB)
シュガーの84年11月号から、SUGAR・BOXのコーナーです。
6冊目の写真集「ひみつめいて、18歳」の告知と、コンサートの告知が載っています。
ウィキに載っているだけで、13冊の写真集を出しています。
人気正統派アイドルとしてだけではなく、フォトジェニックアイドルとしても、大活躍しています。
[43] 名前:名無しさん :2019/10/14 (月) 00:22:23 No.3431
3431.jpg (491KB)
BOMBの84年6月号から、3つ折りピンナップです。
秀美の充実した太ももを、たっぷり楽しめるカットで、レタッチ済みなのに、
しゃんばらにアップするのを忘れていました。
筋肉質で締まっていながら、肉感的にも充実している太ももは、80年代アイドル随一でしょう。
[44] 名前:名無しさん :2019/10/17 (木) 00:03:21 No.3452
3452.jpg (495KB)
DUNKの84年8月号の、1ページ目です。
DUNKで初めて5ページのカラーグラビアを載せているので、
思いっきりキュートな笑顔を見せています。
[45] 名前:名無しさん :2019/10/17 (木) 00:09:14 No.3453
3453.jpg (485KB)
DUNKの84年8月号の、2〜3ページ目です。
1ページ目に、「熱帯性褐色アイドル」と書いてありますが、
秀美の水着はいつもワンピースばかりです。
最近入手したBOMBの82年9月号のインタビューに、
「ビキニはイヤ?」「できたら一生着たくないと思っています」
「そんなこといわずに」「脚とおなかをシェイプアップしてからにします」
と書いてありました。2年後のこの頃は、十分シェイプアップしていると思いますが、
魅力的な太ももを強調するためには、ワンピースの方がいい事が、このカットからも判ります。
文章でも、魅力的な太ももについて、書いてあります。
[46] 名前:名無しさん :2019/10/17 (木) 00:11:19 No.3454
3454.jpg (494KB)
DUNKの84年8月号の、4ページ目です。
こちらも、思いっきりキュートな秀美スマイルのアップです。
なお、5ページ目はスレ画です。
[47] 名前:名無しさん :2019/10/17 (木) 00:13:13 No.3455
3455.jpg (483KB)
DUNKの84年9月号の、表紙です。
表紙・ピンナップ含めて、18ページの巻頭特集が載っています。
[48] 名前:名無しさん :2019/10/17 (木) 00:14:30 No.3456
3456.jpg (479KB)
DUNKの84年9月号の、3つ折りピンナップ表です。
得意のバスケットボール姿で、スポーツグッズプレゼントコーナーを飾っています。
DUNKの文字が入ったタンクトップシャツ姿が、似合います。
スラムダンクは、まだこの頃無かったので、洒落ではありません。
[49] 名前:名無しさん :2019/10/28 (月) 22:26:11 No.3473
3473.jpg (495KB)
DUNKの84年9月号の、3つ折りピンナップ裏です。
綺麗な太ももを見せている、ワンピース姿の全身カットです。
[50] 名前:名無しさん :2019/10/28 (月) 22:28:15 No.3474
3474.jpg (497KB)
DUNKの84年9月号の、1ページ目です。
秀美は1966年7月13日生まれ。DUNKは、前月(8月)9日が発売日なので、
確かに18才初シャッターでしょう。18才は大人への第一歩。
澄ました表情というより、真剣な表情が、その事を伝えているカットです。
[51] 名前:名無しさん :2019/10/28 (月) 22:31:01 No.3475
3475.jpg (485KB)
DUNKの84年9月号の、2〜3ページ目です。
これも、魅力的な太ももを強調しているワンピースのカットです。
バストが80センチに成長しても、スポーツ大好き少女からホンモノの女へ変わっても、
可愛らしさから美しさへ移り変わっても、秀美の魅力的な太ももは健在です。
8で載せたインタビューは、17歳の時ですが、「恋愛は今のところ考えてないです。」
と言っています。しかし内心は、故郷の友達のBFの話にカリカリしていたようです。
[52] 名前:名無しさん :2019/10/28 (月) 22:35:31 No.3476
3476.jpg (494KB)
DUNKの84年9月号の、4ページ目です。
ワンピースを着て、斜め後ろから撮っているカットでは、
秀美の魅力的な太もも以外に、ヒップも充実している事が分かります。
中学時代にバスケットボールで鍛えた下半身は、激しいステップで歌い踊る事によって、
より引き締まった筋肉質の下半身になってきているのでしょう。
[53] 名前:名無しさん :2019/10/28 (月) 22:37:47 No.3477
3477.jpg (485KB)
DUNKの84年9月号の、5ページ目です。
シャワーを浴びて、気持ちよさそうな秀美です。
中学時代にバスケットボール等のスポーツをした後や、
人気アイドルとして、コンサートで激しく歌い踊った後のシャワーは、最高の気分なのでしょう。
[54] 名前:名無しさん :2019/11/01 (金) 23:13:36 No.3491
3491.jpg (496KB)
DUNKの84年9月号の、6ページ目です。
夏の全国縦断コンサートのための合宿で、充実した汗を流している秀美が、
その様子を直筆で綴っています。
東京では、取材やテレビ出演等、様々な仕事が入り、総仕上げが出来ないのでしょう。
たとえ1日10時間の厳しいレッスンでも、充実している様子が伝わってきます。
しかも秀美が大好きなスポーツで汗を流せる大自然の中です。
アイドル歌手としてのステージングが、見る見る上手くなっていった秀美。
その陰には、秀美をサポートするスタッフの、このような心配りがありました。
[55] 名前:名無しさん :2019/11/01 (金) 23:14:46 No.3492
3492.jpg (458KB)
DUNKの84年9月号の、7ページ目です。
三重県の合宿でのレッスンの合間に、大自然と戯れている秀美の姿です。
[56] 名前:名無しさん :2019/11/01 (金) 23:22:52 No.3493
3493.jpg (490KB)
DUNKの84年9月号の、8〜9ページ目です。
目を瞑って、上を向いている横顔のアップです。

秀美のシングルを8曲も作曲したメインラーターとも呼べる小田裕一郎さんが亡くなって、
1年以上が経ちます。特にデビューからの4曲は、石川秀美を人気アイドルにする
ベースを作った素晴らしい曲ばかりを提供してくれました。
松田聖子の初期のシングル3曲と1stアルバムも、小田裕一郎の作曲です。
サーカスの「アメリカン・フィーリング」に代表されるような曲調は、
歌謡曲の要素もあった70年代アイドルポップスから、ウェットな部分を取り去り、
替わりにアメリカ西海岸の香りがする、爽やかな80年代アイドルポップスを確立した
功労者だと思います。
[57] 名前:名無しさん :2019/11/01 (金) 23:24:04 No.3494
3494.jpg (498KB)
DUNKの84年9月号の、10ページ目です。
元気で可愛い秀美スマイルを、代表するようなカットです。
こんな笑顔を見ていると、心も晴れ晴れします。
[58] 名前:名無しさん :2019/11/01 (金) 23:29:10 No.3495
3495.jpg (492KB)
DUNKの84年9月号の、11ページ目です。
思いっきり右脚を上げていて、躍動感が伝わってくるこのカットは、秀美の魅力的な太ももが、
最大限に活かされていて、最高のカットだと思います。
45や51の座っているカットもいいですが、このカットはスポーツ少女・秀美の
躍動感に満ちていて、他のアイドルにはなかなか出せない魅力的なカットだと思います。
[59] 名前:名無しさん :2019/11/06 (水) 00:44:02 No.3509
3509.jpg (485KB)
DUNKの84年9月号の、12〜13ページ目です。
こちらは、メランコリックな表情をした横顔のアップです。
瞑らな瞳が輝いていて、魅力的です。
[60] 名前:名無しさん :2019/11/06 (水) 00:46:24 No.3510
3510.jpg (490KB)
DUNKの84年9月号の、14ページ目です。
秀美のチェックポイントとして、数字に関係した内容が載っています。
視力の「パッチリ大きくて澄んだ瞳。こういう場合、近眼の人が多いのだが、
秀美は左右とも2.0。」今頃は、キョンキョンと同様、リーディング・グラスが必要でしょう。
その内、パッチリ大きくて澄んだ瞳のトップアイドルの視力を、リストアップしてみようと思います。
スポーツ万能の秀美でも、野球のバッティングは苦手なようです。
得意なバスケットボールと比べて、ボールが小さすぎるからかな。
睡眠時間3〜4時間が続けば、いくら体力には自信がある秀美でもバテてしまうので、
デビュー3年目には、6時間眠れるようになりました。顔が痩せても、
体重が4kg増えた理由は、次ページに書いてあるスリーサイズの変化のためでしょう。
[61] 名前:名無しさん :2019/11/06 (水) 00:49:45 No.3511
3511.jpg (491KB)
DUNKの84年9月号の、15ページ目です。
10曲のシングル総売上枚数194万枚なので、1曲平均は19.4万枚になります。
秀美の最も売れたシングル「Hey! ミスター・ポリスマン」が、オリコン調べで15.1万枚なので、
上記の数字は、売上枚数ではなく、レコード会社が発表する集荷枚数なのでしょう。
いままであまり出てきませんでしたが、秀美はミッキーマウス狂。128匹はそうとうな数です。
ちえみから、めちゃんこミッキーの帽子ももらったかも知れません。
S41年7月13日生まれの秀美。前年の同じ7月13日には明菜が生まれています。
同期アイドルで、トップクラスの人気を誇った二人が、同じ誕生日というのは、他に例がないと
思います。二人とも出演した歌番組では、バースデーケーキで、二人の誕生日を祝っていました。
バストが2cm・ヒップが3cm成長し、ウエストが2cm引き締まって、
大人の女性らしい体型になった事が、顔が痩せても、体重が4kg増えた理由だと思います。
[62] 名前:名無しさん :2019/11/06 (水) 00:53:55 No.3512
3512.jpg (488KB)
DUNKの84年9月号には、第一図鑑として、LPの代表作も載っています。
秀美のLPには、当時既に珍しくなりつつあったライブ盤が3枚あります。
(この時点では、2枚)。ライブ盤が、ライブ・ビデオに移行しつつある過渡期で、
他の82年組トップアイドルには、ライブ盤があまりありません。
ライブ盤は、スタジオ・レコーディングのシングル・アルバムとは違い、
歌手の歌唱力がダイレクトに伝わります。スタジオ・アルバムの売り上げトップが、
83年5月の2ndアルバム「16・祭」なのに対し、ライブ盤は、
82年11月→83年11月→85年1月と、回を重ねる毎に売り上げを伸ばして行きました。
秀美の歌唱力が、回を重ねる毎に上手くなっていった事を、証明しています。
[63] 名前:名無しさん :2019/11/06 (水) 00:58:24 No.3513
3513.jpg (491KB)
BOMBの84年10月号の、1ページ目です。
デビュー当時、おしゃべりが苦手だった秀美も、かなり慣れて来ている事が分かるインタビューです。
11枚目のシングル「熱風」は、アレンジのギターリフがカッコ良かっただけでなく、
スタンドマイクで歌う秀美の姿、ファッションも大人っぽくて良かったです。
56で紹介している写真集「ひみつめいて、18歳」の撮影で、ヨーロッパへ行っていました。
この頃のアイドルは、写真集やグラビアの撮影で海外へ行っている時には、
ザ・ベストテンやザ・トップテンで、海外からの生中継や、
海外の風景をバックに、プロモ・ビデオ風の録画にレコード音源を付けて流す事が多かったです。
18歳になったばかりの秀美が、「最近つくづく年を感じます。」と言うのを、
今のアイドルが聞いたら、何と思うでしょう。
[64] 名前:名無しさん :2019/11/11 (月) 00:09:25 No.3534
3534.jpg (463KB)
BOMBの84年10月号の、2ページ目です。
DUNKが創刊された後は、カラフルなDUNKに対抗するためか、
いままで白黒だったインタビューページが、カラーになっています。
ただ、10人のインタビューページが、7人に減ってしまったのは、残念ですが。
このカットでは、まだまだ若々しくて可愛い、秀美スマイルを見せています。
[65] 名前:名無しさん :2019/11/11 (月) 00:22:06 No.3535
3535.jpg (489KB)
投稿写真の84年10月号から、素人が撮った写真のメインカットです。
デビューの頃です。デビューの頃のウイウイしさは、パンチラだけで絵になりますね。
秀美やキョンキョンは、デビューの頃のウイウイしさと、アイドル全盛期では、
表情がまるで違う印象があります。ちえみは、あんまり変わらない感じです。
[66] 名前:名無しさん :2019/11/11 (月) 00:24:12 No.3536
3536.jpg (78KB)
投稿写真の84年10月号から、素人が撮った写真の右上です。
このホットパンツ姿のカットは、脚が全部写っていないのが、残念です。
太ももよりも、舌をペロッと出している表情の方が、可愛くて好きです。
[67] 名前:名無しさん :2019/11/11 (月) 00:28:17 No.3537
3537.jpg (498KB)
DUNKの84年10月号の、1ページ目です。
エネルギッシュに踊る秀美のコンサートを、レポートしています。
運動神経抜群の秀美ですが、振り付けの西条満によると、
「デビューの頃は、踊りのセンスは中の下。」と手厳しいです。特にリズム感が悪かったそうです。
それが「1年以上経って自分のコンサートやるようになって、メキメキ上達したね。
 いまじゃ、ズバ抜けてうまい方だと思いますよ。」と、ベタほめです。
努力家で、西条満とやなりハードなレッスンをした後、また家でがんばるそうです。
ライブ盤が3枚、コンサートビデオが9本と、他のアイドルと比べて多いのも、
その努力の賜物である激しい踊りに魅せられたファンが、沢山いるからでしょう。
[68] 名前:名無しさん :2019/11/11 (月) 00:29:49 No.3538
3538.jpg (462KB)
DUNKの84年10月号の、2ページ目です。
合宿の成果が実ったコンサート・ツアーで、歌う姿です。
[69] 名前:名無しさん :2019/11/13 (水) 23:08:27 No.3546
3546.jpg (478KB)
BOMBの84年11月号の、1ページ目です。
黒い服の大人っぽいファッションですが、アイドルらしい花柄の服と重ね着しています。
急に大人っぽくなり、ファンがついて行けず、人気を失うアイドルもいる中、
長い間、アイドル人気を保っていたのは、秀美が少しずつ大人になっていく姿を、
ファンが支持していたからでしょう。
[70] 名前:名無しさん :2019/11/13 (水) 23:12:08 No.3547
3547.jpg (482KB)
BOMBの84年11月号の、2〜3ページ目です。
大人っぽいファッションが似合うようになった秀美が、激しいアクションで歌い踊る
12枚目のシングル「ミステリー・ウーマン」は、5枚目「Hey! ミスター・ポリスマン」に続いて、
秀美の曲で、2番目に売れたシングルになりました。
ザ・ベストテンでは、自身最高の7位を2週に渡って記録し、秀美の代表曲になりました。
西城秀樹の妹に相応しい、激しいアクションの曲だったと思います。
[71] 名前:名無しさん :2019/11/13 (水) 23:20:12 No.3548
3548.jpg (495KB)
BOMBの84年11月号の、4ページ目です。

秀美の曲で好きなベスト5を書く前に、デビュー曲からの感想を書いて行きます。
デビュー曲「妖精時代」は、新人のデビュー曲に相応しいメジャーコードの爽やかな曲ですが、
特に秀美でなく、他のアイドルが歌っても成立する曲だと思います。
例えば、同じ日にデビューした早見優のデビュー曲「急いで!初恋」と入れ替えても、
あまり違和感は感じません。
秀美の本領を最初に感じさせたのは、2曲目「ゆれて湘南」であり、マイナーコードでありながら、
スピード感のある曲は、若い秀美の青春の情熱を感じさせ、未だに代表曲に挙げる人も多いです。
[72] 名前:名無しさん :2019/11/13 (水) 23:21:54 No.3549
3549.jpg (489KB)
DUNKの84年11月号の、1ページ目です。

3曲目「哀しみのブリザード」は、Aメロ〜Bメロにかけて、2曲目「ゆれて湘南」の流れを汲む
マイナーコードの曲調でありながら、更にスピード感が増しています。
そしてサビへ突入すると同時にメジャーコードへ転調し、天まで届くような伸びのある歌声が、
心地良さを感じさせます。この3曲目によって、他のアイドルとは違う、
秀美独特のアイドルとしての魅力が、確立された曲です。
[73] 名前:名無しさん :2019/11/13 (水) 23:24:20 No.3550
3550.jpg (446KB)
DUNKの84年11月号の、2ページ目です。

4曲目「涙のペーパームーン」は、転調せずに最初からスピード感があるメジャーコードの
メロディで、突っ走ります。Aメロ→Bメロ→サビへと展開しながら、
天まで届くような伸びのある歌声が、どんどん冴えて行きます。
デビュー曲から、1曲毎に曲の完成度が高くなり、作曲の小田裕一郎の期待に答えるかのように、
秀美の歌が上手くなって行きます。
[74] 名前:名無しさん :2019/11/18 (月) 00:16:34 No.3563
3563.jpg (487KB)
DUNKの84年11月号の、3ページ目です。

5曲目の「Hey! ミスター・ポリスマン」は、曲の完成度はあまり高くありませんが、
詞のユニークさが功を奏し、上昇気流にあった秀美人気と相まって大ヒットし、
秀美の曲で最も売れたシングルになりました。
6曲目「恋はサマー・フィーリング」は、「Hey! ミスター・ポリスマン」の二番煎じのような
曲ですが、詞のユニークさが無いため、売り上げは落ちました。
松本伊代のデビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」と、
2曲目「ラブ・ミー・テンダー」の関係と、似ている感じがします。
[75] 名前:名無しさん :2019/11/18 (月) 00:19:01 No.3564
3564.jpg (495KB)
DUNKの84年11月号の、4ページ目です。

「恋はサマー・フィーリング」が、思ったほど売れなかったため、「涙のペーパームーン」から
3作続いたスピード感があるメジャーコードのメロディを止め、7曲目「バイ・バイ・サマー」
からは、同じくスピード感がありながらマイナーコードの曲調に転じます。
シャウトするような秀美の歌唱にファンが戸惑ったためか、「バイ・バイ・サマー」は、
売り上げが伸びませんでしたが、8曲目「スターダスト・トレイン 」で、
再び上昇気流に乗りました。
[76] 名前:名無しさん :2019/11/18 (月) 00:20:11 No.3565
3565.jpg (483KB)
DUNKの84年11月号の、5〜6ページ目です。

9曲目「めざめ」で、詞を重視したミディアムテンポの曲に挑戦した後、
10曲目「夏のフォトグラフ」からは、16ビートの曲を歌い、更にスピード感に磨きがかかります。
11曲目「熱風」のギターリフのカッコ良さは、当時のアイドルの曲の中では、
最先端を行っていたと思います。
[77] 名前:名無しさん :2019/11/18 (月) 00:23:48 No.3566
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DUNKの84年11月号には、12曲目「ミステリーウーマン」の歌詞も、
見開き2ページで紹介されています。
デビュー当時の、ふっくらとした素朴な顔とは別人かと思うぐらい、
このカットでは、目鼻立ちがハッキリとした、綺麗な表情に変貌しています。
クリッとした瞳の輝きが、デビュー当時とはまるで違います。
トップアイドルになって自信がつくと、こんなに表情が変わるのかと、改めて思います。
ミニミニ情報に書いてあるコメントからも、自信のほどが分かります。
[78] 名前:名無しさん :2019/11/18 (月) 00:25:53 No.3567
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DUNKの84年12月号から、「ミステリーウーマン」の広告です。
10曲目「夏のフォトグラフ」→11曲目「熱風」→12曲目「ミステリーウーマン」と、
16ビートに乗った曲のスピード感が、1曲毎に加速して行き、
秀美が歌い踊る時のアクションも激しくなって行きます。
そのピークが「ミステリーウーマン」であり、秀美の人気もピークに達した感がありました。
売り上げ枚数では、秀美の全シングルの中で「Hey! ミスター・ポリスマン」に続く2位ですが、
ザ・ベストテンのランキングでは、自己最高位(7位)を記録。
オリコン週間ランキングでも、次作「もっと接近しましょ」(4位)に次ぐ5位を記録しています。
「Hey! ミスター・ポリスマン」が、アイドルポップスを歌う秀美のピーク時なら、
「ミステリーウーマン」は、ロックを歌う秀美のピーク時だと思います。
[79] 名前:名無しさん :2019/11/22 (金) 00:26:10 No.3581
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ヤングルーキーの84年11月号から、ビデオ紹介コーナーの左中央です。
シングルやアルバム以上のチャートアクションを見せているのが、秀美のビデオ。
当時、中高生には手が届きにくいほど高額だったビデオですが、
この時点で3本もリリースしています。(全部で9本)。

[80] 名前:名無しさん :2019/11/22 (金) 00:30:57 No.3582
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↑79の訂正:ビデオ紹介コーナーの左中央→メインカット

ヤングルーキーの84年11月号から、ビデオ紹介コーナーの左上です。
激しく歌い踊る秀美のパフォーマンスと、健康的で綺麗なフトモモ(メインカット参照)に
魅せられたファンが多かったからでしょう。
ここに載っているビデオ「HIDEMI IN NEMU」からの4カットからも、その片鱗が分かります。
[81] 名前:名無しさん :2019/11/22 (金) 00:42:49 No.3583
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ヤングルーキーの84年11月号から、ビデオ紹介コーナーの左中央です。
「普通のアイドルには、ちょっと考えられない3本のリリース。
 しかも昨年の「HIDEMI IN NEMU」は、チャート最高位3位を記録している。」
ビデオもそうですが、ライブ盤も「さわやかコンサート」(82年)→「スパーク」(83年)
→「BUEN UP HIDEMI」(84年)と、リリースする度に、売り上げを伸ばして行きました。


[82] 名前:名無しさん :2019/11/22 (金) 00:49:52 No.3584
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ヤングルーキーの84年11月号から、ビデオ紹介コーナーの左下です。
「音と映像のジョイントに敏感に反応したアイドル」
ビデオ黎明期のアイドルビデオは、口パクで歌うイメージビデオが主流でしたが、
秀美の場合は、当時既に珍しくなったライブ盤とジョイントしたライブビデオが主流で、
年を追うごとに歌や踊りが上手くなる秀美を、ファンが応援する事が出来ました。
[83] 名前:名無しさん :2019/11/22 (金) 00:55:53 No.3585
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BOMBの84年12月号の、1ページ目です。
「ミステリーウーマン」は、ロックのリズムに乗せて激しく歌い踊る秀美のパフォーマンスと、
秀美のチャームポイントである健康的なフトモモを強調した衣装の組み合わせで、
秀美の代表作になりました。
24歳になる直前に結婚したので、人気アイドルとしては早い方です。
「(結婚したら)ウルサイ奥さんになるんじゃないですか。」
5人の子供が育ち盛りの頃は、ウルサイ奥さんにならなければ、やって行けなかったでしょう。
小4の時に父親を交通事故で亡くした秀美にとって、理想の家庭生活を作るため、
芸能界には復帰せず、主婦業に専念しました。
[84] 名前:名無しさん :2019/11/22 (金) 00:56:54 No.3586
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BOMBの84年12月号の、2ページ目です。
新曲「ミステリーウーマン」に合わせて、ちょっとミステリアスな表情をしています。
[85] 名前:名無しさん :2019/11/25 (月) 23:58:24 No.3600
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DUNKの84年12月号には、「BURN UP HIDEMI」のコンサートの模様をレポートしています。
「カメラマンが彼女の動きを追うだけでも大変なくらい」ワイルドに動き回る秀美のコンサートです。
[86] 名前:名無しさん :2019/11/26 (火) 00:03:29 No.3601
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DUNKの85年1月号には、「DUNK」の名前が入ったユニフォームで、
得意のバスケットボールをしている秀美の姿が、カレンダーに使われています。
[87] 名前:名無しさん :2019/11/26 (火) 00:06:16 No.3602
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BOMBの85年1月号の、1ページ目です。
本格的女優業に向かって、第一歩を踏み出した頃ですが、
やはり秀美は、アイドル歌手→ロックシンガーの印象が強く、女優としては大成しませんでした。
(前にも書いたけど、映画「スーパーガール」の吹き替えは、良かったです。
 今でも、DVDの吹き替え音声として使われています。)
[88] 名前:名無しさん :2019/11/26 (火) 00:08:02 No.3603
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BOMBの85年1月号の、2〜3ページ目です。
本格的な女優業へは進まず、ロックシンガーへの道を進んだのは正解だと思います。
ちなみに秀美の事務所(芸映プロ)は、舞台禁止だそうです。
舞台へ進出した西城秀樹は84年に、岩崎宏美は86年に、芸映プロを辞めて独立しています。
[89] 名前:名無しさん :2019/11/30 (土) 00:36:26 No.3617
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BOMBの85年1月号の、4ページ目です。
かくし芸大会でも頑張っている秀美。かくし芸大会の撮りが始まると、年末を感じたそうです。
82年組では、ちえみだけが、大人の事情(本人曰く)でかくし芸大会に出ていませんでした。
他のみんなが頑張っているらしいと察しながら、ちえみは、ドラマで頑張っていたのでしょう。
[90] 名前:名無しさん :2019/11/30 (土) 00:40:05 No.3618
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DUNKの85年1月号から、脚線美人マルチ・コンテストのコーナーです。
ケンコー太ももNo.1の秀美は、文句なくトップで、唯一1ページを割いて載っています。
秀美の脚を見ていると、細すぎても太すぎてもいけない事、長すぎても短すぎてもいけない事、
ちえみのようなサリーちゃん脚など論外、ボリュームたっぷりでありながら締まっている太ももから、
膝から下がギュッと細くなるラインの美しさ。これが秀美の脚の魅力だと思います。
[91] 名前:名無しさん :2019/11/30 (土) 01:13:27 No.3619
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DUNKの85年2月号から、○×式のファン度テストと相性テストです。
キョンキョン・明菜・淳美・秀美・優・桃子・ユッコ・ちえみの8人が載っています。
桃子・キョンキョン・ユッコに続いて、○×式のファン度テストのみ行い、34点でした。
[92] 名前:名無しさん :2019/11/30 (土) 01:21:13 No.3620
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DUNKの85年2月号から、○×式のファン度テストと相性テストの答えです。
○で囲った番号は文字化けするので、( )で囲みます。
意外だったのは、(13)メカいじりが好き な事です。(22)数学は得意 なのとも関係しているのかも。
(42)足のサイズは、23cmで○でした。バスケットボールで脚を踏ん張っていたので、
足も大きくなり、アイドル恒例の23.5cm(本当はもっと大きい)かと思っていました。
本人に失礼ですね。発達したのは太ももだけとは、理想的な発達の仕方です。
(43)緑の野菜は見るのもイヤ。これも○でした。私も嫌いなので、○にしておけば良かった。
(5)魚もダメなので、食べ物の好き嫌いが多い人は、発育しないと言う説は、
秀美には当てはまりません。
(44)スポーツで鍛えた、ぜい肉の少ない秀美に、50kgより上とは失礼でしょう。
[93] 名前:名無しさん :2019/11/30 (土) 01:24:03 No.3621
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DUNKの85年2月号の、1ページ目です。
18.5才。いまだひとつのくちずけなし。ほんとですかァ。
次ページからのインタビューを読むと、本当のようです。
[94] 名前:名無しさん :2019/12/05 (木) 00:55:45 No.3636
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DUNKの85年2月号の、2ページ目です。
84年は、休みがたった1日だけだった秀美。これでは、恋人は出来ませんね。
(ヤっくんと付き合い始めたのは、86年からだそうです。)
秀美の場合、熱烈なファンの声援に答えるため、猛レッスンしてコンサート活動を行う事により、
デビューの頃は原石だったアイドルとしての素質が磨かれ、美しくなったと思います。
その美しさゆえ、本柿的ドラマにも出演しましたが、緊張の連続だったとの事。
あまり器用な方ではないので、女優には向かなかったのでしょう。
[95] 名前:名無しさん :2019/12/05 (木) 00:57:30 No.3637
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DUNKの85年3月号の、3ページ目です。
休みがたった1日しかなくても、仕事面で充実した84年を過ごした秀美は、
85年も、休みは1日だけでいい。84年に行った仕事を、もっともっと充実させて行きたいとの事。
アイドルの鏡のような性格ですね。これだけ忙しくても、疲労で倒れたりしないのは、
やはりスポーツ万能で、体力があるからでしょう。
[96] 名前:名無しさん :2019/12/05 (木) 00:59:45 No.3638
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DUNKの85年2月号の、4〜5ページ目です。
85年の大ざっぱな予定が書いてあります。
シングルでは、85年前半の「もっと接近しましょ」「あなたとハプニング」は、
84年のロックの激しいリズムから、そのリズム感を更に強調したダンス・ミュージックに挑戦。
85年後半は、「Sea Loves You〜キッスで殺して」「愛の呪文」と、
83年6月の「恋はサマー・フィーリング」以来となる、メジャーコードの明るい曲です。
でも聞き比べれば、ビートの激しさ、秀美のボーカルの表現力の豊かさが、
明らかに進歩している事が分かります。
[97] 名前:名無しさん :2019/12/05 (木) 01:01:22 No.3639
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BOMBの85年3月号の表紙です。(文字が少し切れていて、ゴメン。)
表紙・裏表紙・ピンナップを除いても、39ページの大特集が載っています。
[98] 名前:名無しさん :2019/12/05 (木) 01:04:27 No.3640
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BOMBの85年3月号の、9ページ目です。
白黒記事の1ページ目になります。
花の82年組は、この頃、昭和57年組と言われていたんですね。
平成も終わり、令和が始まった今年、時代を感じさせます。
それぞれに成長して行った花の82年組ですが、ビジュアルの成長と内面的成長が、
最も素直に表れていたのが、秀美だと思います。
[99] 名前:名無しさん :2019/12/09 (月) 01:35:47 No.3655
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BOMBの85年3月号の、10ページ目です。
10〜11ページ目の、デビュー前の内容は、82年8月号の記事をまとめた感じになっています。
[100] 名前:名無しさん :2019/12/09 (月) 01:36:34 No.3656
3656.jpg (497KB)
BOMBの85年3月号の、11ページ目です。
デビュー当時より、中学生の頃の方が、顔が痩せています。
バスケ一色の毎日で、顔も身体も引き締まっていたのでしょう。

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